制作あれこれ

松川佳代の絵日記。制作、講座、絵について思ったこと、なんでも。
主に別サイトにした制作・講座風景の更新のお知らせです。
ホームページ工事のお知らせ

最近松川はパステル飽きたのかな?

と思われているかも知れませんが、色々講座の段取りなど済ませ、公園の夏時間も始まり、梅雨も明け、さあ夕焼けだー

と思ったら自転車で転んで膝を怪我してしまいました。



↑あまりに痛くて家族に説明した絵


側溝とアスファルトの間の溝にハマってコケました…

車に当たらず、線路側の石柵に頭を刺すのも避け、上腕から転んだ自分のかすかな運動神経を褒めたいです笑

結局強打した膝が曲げられず、きっと骨折したんだと思って整形外科の待合室で待っている間、仕事への不安など色々考え、でも手は無傷で守ったんだ…などと涙ぐんでいましたが。

骨は大丈夫でした(良かった!)
傷は緊急外来に行って縫っていれば早く治ったそうですが、初動を間違えたために、10日経った今もまだ階段を避け自転車に乗れない毎日です。



雨もあってたまたま野外講座が少なかったので助かっています。

ヒマワリが満開でしたが、この雨でどうなったかな…。



↑せっかく野外講座に行ったのでウォーターカラーマーカーで描きました


会社員でなく保証のない生活、というものを改めて省みることとなりましたが、最近はだからこそ、色んな画材に対応していかなければいけないと思っています。

パステルを描きに行けなくても、例えばパステルの講座がなくなっても、水彩でも、ウォーターカラーマーカーでも、色鉛筆でも、鉛筆でも。

講座を開かせて頂く以上、もっとそれぞれの画材を使いこなしてスキルアップしないといけないなと思います。


そんなわけでパステルは足踏み状態ですが、夏の夕焼けは好きなので治ったら行きたいと思います。


そこで、ずっと放置していたホームページ改変に着手しています。
全部出来てからアップロードしたかったのですが、
何故か前のページが邪魔をするので、いったん消そうと思います。

突然HPが真っ白になったりすると思いますが、心配なさらないでください…生きてます。

 

去年の向日葵。




 

| Kayo | つれづれ | 19:09 | comments(0) |
ルノワール展回想
国立新美術館で開催中のルノワール展の、個人的な感想です。
研究者とは違う視点かも知れませんが、絵の具を混ぜている人間の端くれとして、感じたことを書きます。
間違っているかもしれません。
ただ、ルノワールの絵画への強い想いを私なりに感じたので、私がそれを忘れないためにも書いておこうと思いました。



「ダラス夫人」1868年。27才。
ルノワールは、20代からサロンにも入選しブルジョアの肖像画注文も得て、印象派の中では比較的売れていた画家でした。
滑らかな肌の最後に乗せる黒は修正した形跡がなく、卓越したデッサン力と柔軟な筆捌きが見てとれます。


34才、第一回印象派展の頃の友人モネの肖像画。
当時ルノワールより売れない画家であり家族も養い困窮していたモネに、ルノワールはパンを分けたといいます。
とても丁寧に描かれ、室内ながらも窓の光に包まれていて、光の色彩を共に研究する友人への友情と敬意を感じました。
モネの髭も背広も、色が混ぜられています。
光の色彩を求めた印象派は、光の無い色「黒」の使用を避けます。


「読書する少女」 1874-76年。
反射光に惑わされながらも、次々と光の色を発見していく喜びにあふれた筆致。
黒を使わず暗さを出すには、ビリジアン(濃緑)やプルシャンブルー(濃紺)を使う必要がありますが、混色には厄介な色です。

緑は混色が難しい色です。
組み合わせや順番、分量を失敗すると、簡単に気持ち悪い色になります。
(私は講座ではいつも「ビリジアンには要注意」と言っています。)
しかし黒を使わない方法では、彩度が高く明度が低いビリジアンは避けて通れません。



「陽光の中の裸婦」1876年。
腐った肌色、と批判された作品。
勇気を持って言うと、これは影の色が沈みすぎていて成功していない気がします。
なぜなら、ルノワールの描き方は、同じように陽光で描いたモネとは異なる点があるからです。


(展示作品ではありません)モネ「散歩、日傘を差す女」1875年。
モネは油絵具の油分を少なくし、硬く厚くして、ほぼ不透明な絵の具を置くように重ねました。色は重ねても混じりすぎず、濁りません。
ただ、柔らかな肌の質感は損なわれます。また、油絵具の特長である透明性も発揮できません(その代わり色で「透明感」を出すのですが)

ルノワールは、女性の肌の滑らかさを表現するために、絵の具を薄く溶き、透明性を持たせています。
乾いた絵の具に透明な絵の具の層を重ねる方法は、伝統的な油彩の手法です。
しかし、陽光の下では絵具の乾燥を待つ時間はなく、生乾きの混色は色が濁る原因となります。
それでもルノワールは肌の質感を譲りませんでした。


「ぶらんこ」光の色彩表現において徹底的に観察に徹したモネに対して、初期ルノワールは明暗と彩度のバランスが上手くいっていない、空間が希薄な場合があります。
それは、光、複雑な形態(人物)、肌の質感、風や感情の動きまで、求めるものが多かったからだと思います。


「シャンロゼーのセーヌ川」1876年。人物画という生涯の主題がありながら、さらに風景画にも精力的に取り組みます。
刻々と変化する外光と天候に苦しみながら、絵具の濃度、筆致の使い分けによって晴天、強風など天候のイメージを変えています。


(作品部分)
人の顔に最後の一筆で黒=失敗が許されない色をスマートに置ける能力があるルノワールが、色を濁しながら、自然を前に苦しみながら、それでも光の色彩を捉えようと色を混ぜ続けもがく姿が目に見えるようでした。


「アルジェリア風景、野生の女の谷」1881年。
黒の代わりに使うビリジアンやプルシャンブルーは、着色力が強力で周りの色を喰う色です。
それを乾燥を待たずに混色する難しさも克服し、黒が画面から消え、自然な空間が現れます。


「田舎のダンス」1883年。後に妻となるアリーヌへの愛に溢れた一枚。
深い青と緑の世界がアリーヌの赤い帽子と染まる頬を引き立て、称賛しています。
透明な絵の具を重ねるグレーズで描かれたドレスの揺らめく色彩に、調和をもたらす黄色の配置。


「道化師(ココの肖像)」1909年。
先進的な色彩を試す一方、ラファエロやルーベンスなどの古典絵画へも深く傾倒していたルノワールは、デッサンを大切にし、線とボリュームをも表そうとします。

モネ、ボナール、ルドン、マティス、ドニ、多くの色彩画家は、豊かな色彩と引き換えに、線とボリュームで作られる形態を失います。
失うと言うよりはむしろ、色彩の力を最大限に引き出すために必然だったからかも知れません。
しかしルノワールは、形態を失いかける印象派から、距離を置きます。

「座る娘」1909年。
ルノワールが求めたものは、色彩、光、線とボリューム、調和、透明感、質感、幸福感… たぶん、絵画のすべて。




「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」1876年、35才。
オルセー美術館の紛れもない代表作ですが、本人も満足していなかったという、過渡期の作品なのです。
この後、高みを目指し闘い続けるルノワールの画家人生が見える展覧会でした。

| Kayo | つれづれ | 03:01 | comments(0) |
それぞれのフィールド
2016年になりました。
あけましておめでとうございます。



さて毎年大晦日には一年を振り返ることにしていたはずが
先日は出来なかったので、少々遅いですが
2015年を振り返ってみたいと思います。

2015年、私にとって大きな転機となったのは、
国立のギャラリー花風林さんとの出会いでした。
始まったばかりで、作家さんおひとりおひとりを大切にされている
きめ細やかな女性オーナーさんのおかげで、
画廊という落ち着いた環境で絵を観ていただけるようになりました。




また、他の作家の方々(ほとんどが経験豊富なベテランの作家さんです)の
活動のしかた、額装にまで細やかな配慮の行き届いた作品のつくりかたなど、
たいへん勉強になる一年でした。

連続個展、同時個展、海外出展などなど、他の先生方はあたりまえ。
私ももっとスタミナ強化をしなくては!と思いました。


また、いつもの「公園」というさりげなくふらっと観ていただける環境とは違った空間で展示することで、
自分の求める絵とはなんだろうと自問する機会が多かったようにも思います。






絵とは、壁に飾るものです。




あたりまえですが。


それを、
空間を埋めるために飾るのか、
空間を彩るために飾るのか、
空間を和ませるために飾るのか…


最近はどこへ行ってもインテリアショップが大流行りで、私もよく行きます(静物のモチーフ探しに。私の部屋は画材だらけでオシャレ空間には程遠いので…)
壁を飾るには、何も絵でなくてもいいわけです。
グリーンでも、タイルでも、てぬぐいでも、なんでも。
むしろ、空間の「無」を生かしてちょこんと何かを飾るセンスは、日本人には天性のものがあります。
隙間を埋め尽くす欧米の感性とは違うこの国では、飾り物としての絵は、そんなに必要とされていません。

それでもたくさん絵を買ってほしければ、やはり飾りやすい絵を描くべきでしょう。
素敵で綺麗なものを明るく描き、万人に受け入れられやすいように。
「フルーティーで飲みやすい」ジュースのようなお酒のように。
ただ「画家」という職業をやりたいならば、それが一番です。





「なぜ、風景を見て、それを描きたいと思うのですか?」

2015年の最後に受けた取材でそう言われた時に、私はうまく答えられませんでした。
私にとっては「描きたいから描く」ことはあまりに自然なことで、その理由など考えたことも無かったからです。

もちろん、記者さんにとってはとっても素朴な疑問だったのだと思います。
不思議な感覚でした。

あの色をとっておきたい?
実際の風景より美しく描きたい?
瞬間を切り取りたい?

…どれもしっくりきません。





「描いている時、そこに言語は存在しますか?」

その質問には、はっきりと「(作業工程を考える言語以外は)イメージしかありません」とお答えすることができました。

後から思えば、ライターさんにとっては「言語」が存在することが当たり前なので、
言語のない世界というのが不思議なのかもしれないと思いました。


私に会ったことのある方はよくご存じだと思いますが、
文章では時間をかければ何となく言語にすることができますが、
私は、その場で作品について話すということが著しく苦手です。
言えば言うほど、口が滑って作品を貶めている気がします。





もうひとつ、こんな経験がありました。

役者さんがモデルとして来て下さった時のことです。
モデルポーズのテンプレートをしっかりとやってくださっていたのですが、
真ん中の休憩時間に、ふと思いつきで「お芝居の途中のようなポーズ」をリクエストしてみました。

すると、





空気が変わった気がしました。





水を得た魚、と言ってはプロのモデルさんに失礼かも知れませんが、とたんに生き生きとした表情になった気がしました。




それから、数年に一度の逸材と思うような表現が素晴らしい、とあるフィギュアスケーターのインタビューを見ていたとき。
「陸ではダンスもバレエも嫌いでできない、でも氷の上ならできる」
と言うのを聞いてとても驚きました、でも確かに氷の上でスイッチが入る瞬間が見えるような気がしました。


(上記の話とは関係ありませんが、10数年前の友人の日舞のイメージ画)


そして、自分の絵は。

私の絵は?



私は、ひどく不器用な人間で、要領よく絵を描くことができません。
売れそうな絵を推測してうまく描くということができません。
人と会話しながら、楽しそうに描くこともできません。

ただ、眼の前のものと対峙しているとき、それを自分のイメージで描く時、
身体の中を風が吹き抜けるような気分になります。







自分が解放されるフィールド、というものが人それぞれあるのだとしたら

私にとってそれは「絵が私の存在をすり抜けてどこかへ行ってしまう」ような
「私という存在が無になって観る人から対象に繋がる」ような

…やはり言語では上手く言えませんが。
自ら心象の色や形を生み出す能力のない私は、
対象の色と姿を借りてしか自分を表現できないということなのかも知れません。




絵を飾るということ。

空間のためではなく、観る人のために。
例え空間に少しくらいそぐわなくても、どうしてもその一枚を観ていたい。

そう思わせるような一枚を描かないと、本当の画家にはなれないのだと思います。



こうしてややこしいことを考えるきっかけになったのも、
色々な方との出会いがあったからだと思います。
絵は自分と向き合って描くものではありますが、描くという行為はあまりにもループする日常のことなので、
自分の考えは、たまに周りの方によって気づかされることのほうがとても多いです。

2016年は、どんな発見があるのだろう。

少しずつ心に引っかかっていく欠片をこぼさないように、
感覚を研ぎ澄ませて絵を描きたいと、
そう思った新年の始まりの日でした。



本年もどうぞよろしくお願いいたします。




 
| Kayo | つれづれ | 19:16 | comments(0) |
2014年、ありがとうございました。
2014年もあとすこし。

穏やかな大晦日を迎えられるようになって4年目です。
その前はずっと大晦日まで仕事だったのですが、最近は大晦日一年振り返りブログが自分の恒例となってきました。



今年は私にとって間違いなく記念となる年になりました。

本を出版できたこと。




それは、実物として手に届くまではちっとも実感の湧かない不安で忙しない日々でしたが、
ようやく今頃になって、周りの方々からの反応も聞くにつけ、
たいへん幸せなことだな、と改めて噛みしめています。


本のお話を最初にいただいたのは昨年の4月でした。
もちろん、無名も無名な私のパステル技法書が簡単に刊行決定に至るはずもありませんでしたので、
まず企画を通していただくまでに、だいぶアイデアをまとめる作業がありました。

パステル、という画材としっかり向き合うことになりました。



普段の受講生さんたちの疑問やヒントを思い出し、
こうしたらパステルに興味を持っていただけるのじゃないかな、
こうしたらパステルをもっと好きになってもらえるかな。


と、試行錯誤ながら、普段の制作や講座を通して何となくあった私流のパステルの楽しみ方が、
ようやく形にまとまった、という感じでした。

今年は、具体的な工程がどんどん進み、限られた撮影の日が終わってから入れたい画像がひらめいたり、
外スケッチ撮影の日はあんなに自分が写ると思っていなかったので、チェックの帽子にチェックのシャツという微妙ないでたちで(笑)

パステルの教育を受けていない自分がパステルの本を出すという立場に恐ろしさを感じたり。
自分でもうまくいかないことが多いのに、初心者向けには簡単そうに伝えるジレンマがあったり。


色んなことがありました。


初心者には易しい。描けば描くほど難しくも思えるし、こんなにパーフェクトな画材は無いと感動したりもして。

どちらも真実なのです。

パステルという画材の奥行きを感じました。




その長い過程の中で、お世話になったたくさんの方々の、
お仕事への熱意を感じられたのも、とても良い勉強になったと思います。

美しく写真を撮ってくださった写真家の糸井さん、明るい装丁に仕上げてくださったデザイナーの栗谷さん、
的確なアドバイスをくださったゴンドラパステル王冠化学工業所の山登さん、
パステルの微妙な色彩をとことん再現しようと努力を尽くしてくださった印刷の株式会社加藤文明社様、
そして私を発掘してくださった日貿出版社の下村さん、
そしてそして引き継いで何もわからない私の希望も不安も共有し励ましてくださり、導いてくださった緑川さん。

すぐに店頭平積みに並べてくださった世界堂様、オリオン書房様、営業の浅利様。

きっかけを与えてくださった朝日カルチャーの粂野さん、緑川さん。
刊行を記事にしてくださった東京新聞社様、朝日新聞社様。


それから、講師としても制作者としても未熟な私を楽しく支えてくださっている講座の皆々様。
色々な場所で、私の絵を気にかけてくださる鑑賞者の皆さま!!!




ありがとうございました!!!


心から、御礼申し上げます。



刊行から今までばたばたと展示が続き、本についての気持ちをここに書いておきたいとずっと思っていましたが、
うーん、やっぱり一時間で書けない。

様々な気持ちが行き交う一年になりました。
でも確実に一歩を踏み出せた一年になったと思いました。






展示についても色々書きたいことがありますが、一時間じゃ書けないので、
ジルベスターコンサート始まっちゃったので、このへんで。(すみません 笑)


2014年。ありがとうございました!













| Kayo | つれづれ | 23:47 | comments(0) |
ゆらぎのない怖さ
こんばんは。
突然意味深なタイトルをつけて超久しぶりに(ツイッターからでない)ブログを書きます。

今日でシスレーの1日体験講座が無事終了したから(よかった!!)というのもちょっとありますが、
遅ればせながら昨日やっと観たヴァロットン展が尋常でない衝撃でツイッターで言い尽くせないない感じだったのですが、さらに昨日の今日でたまたま先ほど「美の巨人たち」でヴァロットンを放送してまして。


≪ボール≫ フェリックス・ヴァロットン 1899年


テレビって地デジになっても何にも伝わらないよ。

と思ったからというのもあります。(何にも、というのはさすがにテレビに失礼ですけど)



私が常日頃描いているもの、また講座で私から散々言っているもの、をご存じの方はお気づきかも知れませんが、
私が絵に対して最も重きを置いているのは、「色彩」です。





まずお断りしておきたいのですが、
本日書くものは、全くの個人的見解であります。私の先生のご意見と違っておかしい、とか思わないでくださいネ。


色彩を求めるあまり形態が曖昧になっても魅力あふれるボナール等の例はありますが、
逆の「線や形だけが良くて色彩が破綻している絵」というのは、成功していないと思います。

いわゆる「色彩画家」「色彩の魔術師」と呼ばれる画家でなくとも、
美術史に残っているような先人たちの絵は、色を「はずしていない」のです。
「色を外さない」「調和を保つ」「対比を見る」。
誤解を恐れずに言えば、「不快な色彩にしない」ことは、画家として必要最低限な能力と言えます。

これは、鮮やかな色づかいとか、落ち着いた色使いとか、濁っているとか、そういうこととも違います。
ひとつの絵の中で色彩が相互に響き合うかどうかどうかだと思うので、
ドブ色のような濁った色を「生かす」色を隣に置ければ解消する、というようなことです。


↑油絵具の筆洗バケツを放置すると沈殿した比重の違う絵具がドブ色と様々な色に分かれます。意外と調和している(笑)

伝わりづらいので絵画の例を挙げようにも、こればっかりはモニターごしでは分からないことだと思います。
私たちが名画を美術館以外で見る時、テレビにしろ印刷物にしろ、必ず何かのレンズというフィルターを通り、RGBをCMYKに変換したりして色幅が狭くなったり、似たような違う色に変換されています。
それは必ず。

こんなに解像度が良くなったって、4Kテレビが出来たって、現物を視る人間の眼には敵わないのです。
その観る側の人間の眼の力を信じて、画家は微妙な色彩を吟味して抽出しているのだと思います。




という長い前置きをして、ヴァロットン。

前出の代表作≪ボール≫は、ミステリアスであったり、異空間を作品に融合させた、という点で高い評価を受けています。
私も好きな作品ですし、今まで他にもちらほら企画展の一部としてヴァロットン作品を直に観る機会はありました。
以前から、とても色彩に鋭敏な人だと思っていました。


≪夕食、ランプの光≫1899年


でも、ここまで尋常じゃないとは思わなかった!!!
この≪夕食、ランプの光≫という絵も、もっと緑色を感じるような強い黄色でした。
寒気がしました。


≪自画像≫1885年


弱冠20才の、ナイーブそうな青年の頬の産毛まで見えそうなこの作品。
もともと現実の色彩を視る能力と描写力がもの凄く高かったことがうかがえます。

それに加えて、輪郭線だけでも肉の量感が描けるデッサン力の高さ。


リアル過ぎる。


というような悩みを持っていたのではないかと思うほどの、
恐ろしい能力でした。

そんな悩みがあったかどうだかはわかりませんが、次第に形態のデフォルメや単純化がみられるようになります。


≪残照≫1911年



色を生き生きと見せる油絵特有の艶を、画布ではなく厚紙に描くことで消したりしています。




≪アレクサンドル・ベルネーム夫人≫1902年



どこか創りもののような単純化された世界なのに、現実世界を観察した鋭い色彩が既視感を与え、しかし艶がなく太陽の温かい色は抑制されていることでまた非現実的空間に連れ戻される、ループする、違和感。



恐ろしい〜



という寒気を感じました。私は。
題材がミステリアスなことや、人物が無表情なことも大いに関係あるとは思いますが、怖かった。

肖像画なんて怖すぎて素晴らしい絵なのに家に飾りたくない、と思いました。。


さらにヴァロットンが凄すぎるのは、それらの「これしかない!」っていう色をピタリ!とはめる能力です。
多くの画家が油絵具をピタリとくるまで重ねたりするのに、その跡が無い。
一筆でピタ〜ピタリと描いている箇所が多いのです。
ほんのわずかに明度や彩度がズレるだけで、外してしまう色彩を、一筆でピタリ。と。


恐ろしい〜


という気がしました。

今日講座でやったシスレーやモネたちは、光の色を発見した興奮と葛藤の筆跡が、色彩のゆらぎとなって画面に残っています。

色彩に関しては、ピタリとはまっているより、揺らいでいる方が、人は温かみの温度を感じると思いました。

だから印象派は人気なんですね。



私は、色に拘っていますが、思うような色を選ぶのに時間がかかるし、いつも失敗します。
でもその上にしつこくピタリとくるまで色をのせ…ようとしますが、なかなかピタリとはまりません。揺らぎまくりです。が、


…下手でよかったかも。
揺らいでも、いいのかも。




妙な安堵を感じた、ヴァロットン展でした。


最後までお読みくださり、ありがとうございました。
 
| Kayo | つれづれ | 00:45 | comments(0) |
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